素材と彫刻、形と彫刻のはざまで
文化庁の支援でアメリカに1年研修へ行っていた松岡圭介による帰国後初の個展である。素材と彫刻の関係を探求した1年を過ごした今回の展示作品には、松岡本人がアメリカで体験したことが随所に表れている。それは日本にはないアメリカの広大な自然に身をおいたことや、博物館で見た、頭部や腕などが欠けて残る石像に触れたこと、NYにある9.11の跡地を訪れたことなどを含め、日本を離れて改めて考えた彫刻という芸術それ自体への思索の表れでもあろう。
松岡は一貫して「人間とは何か」というテーマを追いかけて制作をしているが、彼の「人間」というとらえ方は、現代人のように文明化された人間ではなく、はるか昔、まだ獣と人類との境目が曖昧な頃の人間、あるいは、生き抜くための超常的ともいえる身体能力や精神力を持つ人間の事を指すようだ。現代人は様々な道具や技術を生み出したことで、本来そうした人が持っていた能力を退化させてしまっているのではないか、人は本来ものすごい能力を秘めた存在なのではないかと考え、それを追求することが制作の動機となっている。
例えばかつて発表された彼の代表作《a tree
man》などは、木と同化する人の姿を、何かに縛られて動けない現代人になぞらえて苦しみの表現ととらえる人が多いが、松岡はむしろ、人はかつて木に変容する能力を持っており、木になることを選び取れたのではないか、それはとても自然なことではなかったかと肯定して考え、人の眠った能力をよび覚ますような、我々の感覚に訴えかける作品をつくろうとしている。《a tree man》は表面が砂鉄に覆われていたが、こうした彫刻の皮膚や素材にこだわるのも、素材から引き出される我々の感覚を大事にしているからであろう。
現在の松岡は、素材の探求から、空間の中のボリュームやマッスといった彫刻らしい探求へ再び向かっている。像の一部が欠けてもなお強く存在する彫刻に、人間が人間を超えたものになれることを仮託しているようだ。今回の展示はその序章であり、今後の展開が楽しみである。
2015年8月30日
真住 貴子
国立新美術館主任研究員