酸化したリアリティー 群馬青年ビエンナーレの作家たち
田中龍也
「群馬青年ビエンナーレ2008」で優秀賞を受けた《a elephant man》(cat.no.m-7)を含む磁石と鉄粉を使った作品群は、まさに象の肌のような重厚感と、ビロードのような柔らかな質感を併せ持つ。
彫刻とはかたち、形態を作り出すものであり、色を塗ったり、鑿の跡を残したり、といった表面処理の問題はあくまで副次的に扱われてきた。松岡圭介(1980- )はその彫刻の表面に注目し、これまでになかった全く新しい彫刻の肌を手に入れた。
《小さな酸素》(cat.no.m-7)は、磁石を使った最初期の作品である。型の中に磁石と鉄粉を詰め込んで型をはずすと、磁力のみによってかたちを保つ砂の彫刻ができあがる。目に見えない磁場を可視化する鉄粉は複雑で繊細な表情を持ち、そのはかなさが緊張感を生みだす。
「エレファント・マン・シリーズ」(cat.nos.m-7-10)は、木彫をベースにしている。まず木を削ってかたちを作り上げた後、その表面を金網で覆う。そこに直径2cmほどの丸い磁石を隙間なく貼り付け、鉄粉を振りかけると、鉄粉は磁石に吸い寄せられ、磁場の流れに沿って不思議な模様を描き出す。
それは、人物の内面を表出することに重点を置いてきた近代彫刻に対するアンチテーゼでもある。人が外部と接するインターフェイスは、肌、皮膚である。皮膚こそが、人物の存在、人間の本質を表しているのではないか。松岡がそう考えるきっかけになったのが、19世紀イギリスに実在した「エレファント・マン」だったという。
ジョゼフ・ケアリー・メリック(Joseph Carey Merrick 1862-1890)は、原因不明の病気によって皮膚が膨張、変形し、そのために見世物小屋で「エレファント・マン」と呼ばれ見世物にされた男である。《a elephant man》は、その重い皮膚をまとって生きることに疲れてうなだれ、《an elephant man》(cat.no.m-8) では遂に地面に倒れる。
バーチャル・リアリティーが飽和し、人間関係が希薄になった時代だからこそ、松岡は人間存在を見つめその本質を彫刻によって実体化しようと試み続ける。
≪ 「酸化したリアリティー 群馬青年ビエンナーレの作家たち」 展覧会カタログより抜粋≫